国立伝統芸術中心簡介†
台北の南東、太平洋に臨む宜蘭県は、台湾で唯一「土生土長」した伝統演劇、歌仔戯の発祥地として知られている。そうした土地柄のためか十数年前に台湾戯劇館という展示施設が作られ、筆者もかつてその見物に鄙びた宜蘭に足を運んだことがある。
本年(2002年)1月、その宜蘭の地に新たに国立伝統芸術中心(以下伝芸中心と略称)が正式オープンした。伝芸中心は行政院文化建設委員会の付属機関であり、1994年に設立計画がスタート、昨年までは国立伝統芸術中心籌備処として台北に事務所を置き、オープンに向けた準備活動を行っていた。今年ようやくハードウェアの一部が竣工し、24ヘクタールに及ぶ広大な敷地に、その施設群が姿を現すことになったのである。
この機関が活動の対象としている伝統芸術とは、伝統演劇、伝統音楽、伝統工芸、伝統舞踊、伝統雑技(各種陣頭、獅子舞など)、民俗童玩(麺人や凧など)の六部門を指す。このうち伝統演劇、伝統音楽、伝統舞踊、伝統雑技はいわゆる芸能に含まれるから、かなりのエネルギーを芸能というジャンルに注いでいるといってよいだろう。
一つ目の伝統演劇というカテゴリーには、崑劇、京劇から粤劇、越劇等の大陸劇種、さらに布袋戯、歌仔戯などの本土戯劇が含まれ、また伝統音楽には、客家や原住民の歌謡も包含されている。伝統文化を扱う国立の機関として、これら来歴の異なる様々な芸能を一通りカバーしているという点は注目に値する。1970年代以来、台湾における「自文化」認識は、政治性を帯びた話題としてたびたび論争の的となり、そこには常に何らかの形で選別と排除の論理が働いていた。今回伝芸中心が採用した諸ジャンルは、民族や省籍、エスニシティに関わらず、台湾在来の伝統芸術全般を含んでいるという点において、一連の論争に対する行政レベルからの一つの回答ともいえるだろう。
さて、伝芸中心は単なる資料保存のための博物館ではない。内部の施設は、行政中心区、住宿区、演芸庁区、工芸坊区、産業景観区に分かれ、このうち演芸庁区には、表演庁、小票演庁兼大排練室、排演室、工作室、伝習室、臨水実験劇場などが含まれている。これらの施設の構成から、伝芸中心が芸能の実践と伝承により多くの力を割いていることがわかるだろう。ハードウェアに先行する形で活動を開始していた伝芸中心籌備処は、1996年の設立から現在まで、「民間芸術保存伝習計画」を推進しており、その中で「乱弾戯潘玉嬌・王金鳳等新美園技芸保存計画」、「北管乱弾戯曲手抄本整理計画」、「伝統客家八音伝習計画」といったプロジェクトが進められてきた。技芸の伝承と資料の保存という二つの側面をともに重視していることが、その活動内容からも十分うかがえよう。
むろん全ての芸能のあらゆる技芸を漏れなく伝承することは現実的には不可能である。今春、台北で伝芸中心主任の柯基良氏にうかがったところ、すでに伝承が困難となった芸能については、ビデオ映像や文字資料その他、何らかの媒体を用いて記録に残す作業を行うとのことであった。
これだけ広範な芸能を対象に、伝承と資料保存双方の作業を担う国立の施設は、大陸にも日本にも存在しない。またこうした機能とは別に、台湾における伝統文化認識の政策的現れという点でも、非常に興味深い施設であるといってよいだろう。伝芸中心の今後の活動に注目していきたい。なお、伝芸中心のサイトは、文建会の下位サイトとして以下のところに置かれている。
※この文章の執筆にあたって、主任の柯基良氏、および台北駐日経済文化代表処文化組の楊桂香氏にご助力と資料の提供を受けた。ここに厚く御礼申し上げる。