北pIV/プロジェクト概要

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(科研費申請書から)

研究目的

本研究では中国の北京地域および江南地域の伝統芸能を対象に、以下の諸点を解明する。

  1. 近現代における伝統芸能の形成・変容と現状の調査・解明
  2. 都市と農村を結ぶ伝統芸能のネットワーク構造の解明
  3. 伝統芸能を支える社会経済背景の解明
  4. 華北地域と江南地域における芸能文化および地域性の比較検討
  5. 伝統芸能デジタルアーカイブの構築

研究の背景

中国の伝統芸能に関する研究は、1980年代以降、我が国において農村祭祀芸能に対する演劇史・文化人類学的調査が進展し、また中国において地方芸能の調査・整理が進んだこととあいまって、新たな伝統芸能像が描き出されている。一方、各地の伝統芸能のあり方の解明が進むにつれて、それら個別の事象を相互に結びつける、地域内および地域間のネットワーク構造の解明が新たな課題として浮上している。

かかる認識に立ち、研究代表者は科研費研究「近代北方中国の芸能に関する総合的研究―京劇と皮影戯をめぐって―」(平成14~16年度、基盤研究(B)、課題番号14310204)および「近現代華北地域における伝統芸能文化の総合的研究」(平成17~19年度、基盤研究(B)、課題番号17320059)を通じて、華北地域の文化的中心地たる北京と、その文化的後背地の一つである山西・陝西地域の芸能文化に関する研究を進め、近現代における都市芸能と農村芸能との交流や地域に根ざした上演・受容の実態を解明してきた。

本研究は、そうした従来の研究成果の蓄積を踏まえて、改めて北京とその周辺地域、天津市・河北省東部、および東北地方の芸能を取りあげ、近現代における芸能の変容および地域社会に支えられた芸能流通のネットワーク構造を解明するものとして着想された。

一方、研究が一定程度蓄積したことで、北方における芸能および芸能を支える社会・経済背景の特色をあきらかにするために、南方、とりわけ中国経済の中心である江南における芸能のあり方と比較検討する必要が生じている。そのため本研究では、新たに江南地域の芸能を取り上げる。研究分担者のうち、二階堂・千田・山下は文部科学省科学研究費特定領域研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成(にんぷろ)」現地調査部門民俗信仰班の、太田・佐藤は同じく海港地域班の研究代表者もしくは研究分担者として、江南地域の皮影戯・宣巻の研究を蓄積しているので、本研究ではその成果を継承・発展させ、江南地域の地域性に根ざした芸能のあり方や上海などの大都市を核とするネットワーク構造を解明し、華北地域との相対化を試みる。

研究の目的

本研究の具体的な目的は、概要に記した通りである。

本研究では、北京周辺の華北地域(北京市・天津市・河北省から東北地方までを視野に含む)と、上海を中核とする江南地域(上海市・江蘇省・浙江省・安徽省)の伝統芸能の調査・研究を並行して進めるが、主たる研究対象には以下の伝統芸能を予定している。

  • 北京地域:京劇・皮影戯・相声
  • 江南地域:京劇・皮影戯・宣巻

研究の遂行に際しては、これらの芸能にとどまらず、同地域で行われていた他の伝統芸能(評劇・河北梆子や越劇・滬劇・灘簧・評弾など)も視野に入れ、必要に応じて芸能間の交流・影響関係や社会経済環境の相違などについても検討する。また研究にあたっては、特に西洋近代の流入および20世紀末以降の市場経済化の影響について留意する。最終的には、文学・演劇学・歴史学・宗教学など様々な学術領域の知見を総合し、新たな中国伝統芸能像を立体的に描出する。

本研究の特色と意義

本研究の顕著な特色と意義としては、以下の点が挙げられる。

①分野横断的研究

従来の中国伝統芸能研究は、文学や演劇学の立場からの美学的研究が大半であったが、本研究では、宗教学・歴史学など複数分野の研究者が分野横断的に連携し、地域社会に根ざした伝統芸能の実像の立体的把握を目指す点に特色がある。

②現地調査・文献調査を融合した研究手法

本研究では、各地域における芸能文化の実態を、現地調査によって明らかにするが、同時に文献調査手法を駆使して歴史的経緯や社会背景をも解明する。従来の芸能研究は、ともすると現地調査・文献調査の一方に偏重する傾向があったが、本研究では両者をバランス良く有機的に結びつけた研究手法を採る。

③中国における伝統芸能保護・調査活動の補完的意義

中国では2006年より非物質文化遺産の登録制度が始まっているが、同制度は、ともすると観光資源開発や地域のメンツといった文脈に左右されがちで、伝統芸能保護の上で有効に機能しているとは必ずしも言い難い面も多い。本研究では、そうした動きにとらわれることなく芸能の実態を客観的に調査するとともに、同時代的な政治経済の動きが伝統芸能に及ぼす影響についても考究する。これらは中国の研究者にとって扱いにくい課題であり、日本中国学としての独自性を発揮することができよう。

④研究デジタル化の推進

本研究では、かねて構築中の民国時期以降の京劇上演データベースを正式公開するとともに、伝統芸能関連の文献・映像・音声などを収録するデジタルアーカイブを構築する。本研究のメンバーは、いずれもパソコンの研究への活用に熟達しており、人文学情報処理に関する論著を執筆している者も多く含まれる。このため研究メンバー間の情報交換、研究資料の収集・整理・共有化、現地情報の調査、文献の内容分析、成果の発信など、研究のさまざまな局面でデジタル的手法を活用する。このため、研究目的に掲げたデジタルアーカイブは、研究活動の進展とともにデジタルデータが集積され、ごく自然に形成されることであろう。この点においても、本研究は際立った特色を有していると言えよう。