『都市芸研』第十五輯/北米における近代中国関係資料調査報告

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北米における近代中国関係資料調査報告

戸部 健

はじめに

2015年9月1日から2016年8月31日までの一年間、筆者は、カナダ・アルバータ州エドモントンにあるアルバータ大学文学部歴史古典学科(Department of History and Classic, Faculty of Arts, University of Alberta)にて在外研修を行った。受け入れて下さったのは同学科のライアン・ダンチ(Ryan Dunch)先生で、近代中国のキリスト教史研究の分野で著名な方である*1。在外研修先での筆者の主な活動は、大学の図書館で資料を収集することと、ダンチ先生のゼミに参加することだったが、その合間にアメリカ合衆国(以下、合衆国)でも資料調査を行った。周知のように、北米には近代中国史関係の資料が多く保存されている。ただ、日本から遠く費用もかかるため、これまで筆者はそれらを十分に利用することができなかった。そこでこの機会を利用して関心のある資料を網羅的に収集しようと考えた。

調査では主に次のような分野の資料を重点的に集めた。①近代北京・天津におけるキリスト教青年会(YMCA)関係資料、②近代中国および台湾における皮影戯関係資料、③近代における中国茶および日本茶のアメリカ輸出に関する資料。いずれも筆者が参加している科研費プロジェクトに関わるものである。とりわけ力を入れたのが①に関する調査で、かなりの量の資料を写真データなどのかたちで入手することができた。②の結果はそれに劣るが、これまで日本や中国であまり知られていなかった資料の発見もあった*2。今後それらを利用した成果を順次出していきたいと考えている。

アメリカでの資料調査に関心を持つ中国研究者も多いと思い、以下では今回の資料調査で依拠した主な工具書やウェブサイトの情報や、実際に訪問した図書館・文書館の利用方法などについて紹介する。その上で、本誌読者の関心を想定して、上記②の成果について最後に簡単に述べる。

1.資料調査に有用な工具書・ウェブサイト

①工具書

  • Chengzhi Wang(王成志) , Su Chen(陳粛), Archival Resources of Republican China in North America, Columbia University Press, 2015.
Archival Resources of Republican China in North America

中国名は『北美民国研究档案資源指要』といい、北米の文書館に保存されている中国関係のコレクションのうち、注目すべき329のコレクションについて詳しく説明している。英・中二言語で書かれている。

  • Xiaoxin Wu, Christianity in China: A Scholars' Guide to Resources in the Libraries and Archives of the United States, Second Edition, Routledge, 2009.
Christianity in China

中国キリスト教史に関する資料の合衆国での所蔵状況について指南したものだが、大変網羅的であり、キリスト教史以外の研究者にとっても利用価値が高い*3

  • Endymion Wilkinson, Chinese History: A New Manual, Fourth Edition, Harvard University Asia Center for the Harvard-Yenching Institute, 2015.
Chinese History: A New Manual

『中国歴史新手冊』という書名でも知られる中国史研究入門。1,135頁からなる重厚なもので、古代から近代までの中国史を研究する上で有用な基本書籍、工具書、資料集、データベースなどの情報を取り上げる。本書は第四版で、第一版は1998年に刊行されている。

②ウェブサイト

北米などの千を超える所蔵機関に保存されている資料コレクションを横断検索することができる。特定の人物や団体などに関するもので、各地に散在している資料をまとめて探すのに大変便利である。また、ひとまず関心のあるキーワードで検索してみるだけでも意外な発見に結びつく可能性がある。

  • 各図書館・文書館のウェブサイトに掲載されている手引き(Finding Aid)

北米の図書館・文書館は、所蔵する文書コレクションについてかなり詳細な手引きを作成しており、それらの多くはウェブサイト上で公開されている。事前に目を通し、必要な資料をメールなどで請求しておけば、現地での時間をより有効に使うことができる。

2.筆者が訪問した合衆国の図書館・文書館

合衆国の図書館・文書館の利用方法は当然のことながらそれぞれ異なる。各館のウェブサイトなどで調べる必要があるが、分かりづらいことも多く、結構難儀である。ただ、次の点についてはおおよそどの館でも共通しているように思える。

  • 利用手続きの際に必要なのは基本的にパスポートのみだが、施設によってはセカンド・フォトID(住所がローマ字で印字してあり、顔写真のついたもの)の提示が求められる。その場合、筆者は国際免許証を提示した。
  • デジタルカメラを使用した写真撮影はほとんどの施設で可能である。ただし、撮影方法については施設によって独自の作法がある。
  • 多くの施設でゲストIDを利用してWi-Fiに接続できる。施設によっては閲覧証のIDとパスワードを使ってオンライン・データベースにログインできるところもある。

以下、筆者が訪問した所蔵機関について簡単に紹介する。

①米国議会図書館(Library of Congress)*4

米国議会図書館
所蔵する中国関係資料:
三千万冊以上の蔵書量を誇るため、中国関係の資料も多く所蔵している。とりわけ中国近代史関係で有用なのが、第二次大戦後に接収された満鉄関係資料である。その多くはマイクロフィルム(『満鉄刊行資料』)のかたちで日本の国立国会図書館でも見ることができるが、マイクロフィルム化されていない資料も依然としてある。
場所:
101 Independence Ave, SE, Washington, DC 20540 (地下鉄ブルーライン・オレンジラインのキャピタル・サウス(Capital South)駅下車、北に徒歩約5分、合衆国議会裏手)
利用方法:
議会図書館はジェファソン館(Thomas Jefferson Building)、マディソン館(James Madison Memorial Building)、アダムス館(John Adams Building)の3棟で構成されている。まずマディソン館のLM140室で入館証を作る。この際パスポートが必要となる。なお、入館証は二年間有効だが、そのIDで期限内に限りHathitrust Digital Library(後述)にログインできる。
資料の閲覧:
中国史に関する資料は主にジェファソン館の大閲覧室(Main Reading Room)かアジア資料閲覧室(Asian Reading Room)で閲覧することになる。大閲覧室で閲覧する書籍についてはオンラインで出庫申請ができるが、アジア資料閲覧室で閲覧するものに関しては閲覧室備付の申請書で取り寄せる。
資料のスキャン・撮影:
それぞれの閲覧室にはオーバーヘッド式のスキャナが備え付けてある。自身のUSBメモリを機械に挿入し、スキャンする。写真撮影の可否については不明である。
オンライン・データベースの利用:
館内ではWi-Fiに接続できるが、その回線を通して議会図書館が契約しているオンライン・データベースを利用することができる。英語圏や中国語圏のものなど膨大な量のデータベースを使うことができるが、一部のサイト(「大成老旧刊全文数拠庫」など)については読み込み速度が異常に遅い時がある。

②ハーバード大学イエンチン図書館(Yenching Library)・ホートン図書館(Horton Library)*5

所蔵する中国関係資料:
(A)イエンチン図書館:アメリカの中国研究のハブだけあり、相当な蔵書量を誇る。日本語の研究書もかなりの数集めている。皮影戯に関しては「皮影戯劇本118種」(北京の皮影戯班で使用されたもの、後述)という資料が目を引く。(B)ホートン図書館:プロテスタント・ミッションとして中国などで活躍し、YMCAとも関係があったアメリカン・ボード(The American Board of Commissioners for Foreign Missions)の文書資料が保存されている。同ミッションの中国関係文書のうち、1920年以前のものについては一部がマイクロフィルム化されて日本でも同志社大学図書館などで見ることができるが、それ以外のものについてはここでないと見ることができない。
場所:
Harvard University, Cambridge, MA 02138(ボストン地下鉄レッドラインのハーバード・スクエア(Harvard Square)駅で下車。徒歩数分。図書館によって異なる)
利用方法:
文書など特蔵資料を閲覧する予定がある場合は、事前にウェブ上*6で特蔵資料請求アカウント(Special Collections Request Account) を作成し、閲覧希望資料をリクエストしておく。合わせて特蔵資料閲覧証(Harvard College Library Special Collections Card)も申請しておく。大学に着いたらワイドナー記念図書館(Widener Library、大学のメイン図書館)の図書館利用特権案内所(Library Privileges Office)にて図書館閲覧証(Visiting Researcher Card)を発行してもらう。また、特蔵資料を閲覧する場合は特蔵資料閲覧証も発行してもらう。
資料の閲覧:
(A)イエンチン図書館:入館には閲覧証が必要となる。書庫の書籍やマイクロフィルムは自由に利用できるが、外部倉庫に保管されているものは申請して取り寄せてもらう必要がある。なお、筆者が訪問した際は日本語ができる係員が勤務していた。(B)ホートン図書館:荷物をロッカーに預けて閲覧室に入り、カウンターで利用者登録をする。その際事前にオンラインで特蔵資料をリクエストしている旨を係員に伝える。
資料のスキャン・撮影:
(A)イエンチン図書館:オーバーヘッド式のスキャナが備え付けられているほか、大学が発行するICカード(Crimson Cash、イエンチン図書館でも入手できる)を利用して印刷もできる。(B)ホートン図書館:スキャナは備え付けられていない。デジタルカメラでの撮影は可能である。ただしシャッター音とフラッシュはオフにしなければならない(これは他の所蔵機関での撮影でも同様)。

③イエール大学バイネッキ貴重書マニュスクリプト図書館(Beinecke Rare Book and Manuscript Library)・神学校図書館(Divinity Library)

イエール大学神学校図書館
所蔵する中国関係資料:
プロテスタント・ミッションに関する資料を多く保有している。いわゆる個人資料も多く受け入れており、天津YMCAの幹事として五四運動期に中国に滞在したオースティン・ロングの書簡資料(日記調で綴られている)*7は筆者にとっては極めて有用であった。
場所:
Yale University, New Haven, CT 06511(アムトラックなどのニュー・ヘイブン・ユニオン駅から大学バスで約10分)
利用方法:
特蔵資料を見る場合は、事前にイエール大学図書館ウェブサイトに掲載されている案内*8を参照して特蔵資料閲覧のためのアカウントを作成し、閲覧希望資料をリクエストしておく。現地に着いたらスターリング記念図書館(Sterling Memorial Library、大学のメイン図書館) の利用者特権案内所(Privileges Office)にて閲覧証(Stacks Pass)を発行してもらう。発行にはパスポートのほかに本務校の職員証などが必要となる。
資料の閲覧:
事前の申請に基づいて資料を閲覧することができる。なお、神学校図書館では閲覧の際に閲覧証のほかにパスポートも必要になるので注意が必要である。
資料のスキャン・撮影:
いずれの図書館にもオーバーヘッド式のスキャナは備え付けられていない。他方、神学校図書館にはコピー機が置いてあったように記憶している。写真撮影は自由に行うことができる。
オンライン・データベースの利用:
大学のWi-Fiを通して、イエール大学が契約しているオンライン・データベースを利用できる。なお、神学校図書館所蔵の文書の一部はDigital Collectionsとしてすでに公開されている(後述)。中国関係の資料も多数含まれ、大変有用である。

④コロンビア大学ユニオン神学院バーク図書館(Burke Library, Union Theological Seminary)

コロンビア大学ユニオン神学院バーク図書館
所蔵する中国関係資料:
キリスト教研究のハブとして世界的に有名なため、中国のキリスト教関係の資料も多く所蔵している。そのほか、今回の調査では時間の関係で訪問できなかったが、同大学のティーチャーズ・カレッジの図書館にも中国関係の資料が多く残されている。
場所:
3041 Broadway, New York, NY 10027(地下鉄1・2・3号線の116ストリート・コロンビア大学駅(116 St- Columbia University)で下車。徒歩5分)
利用方法:
何らかの特権(ニューヨーク大学の学生身分を持つなど)を有しない学外者がコロンビア大学の図書館に入館するには、以下のような手順を踏む必要がある。①42丁目・5番街(42nd St-5th Ave)にあるニューヨーク公共図書館(New York Public Library)のシュワルツマン図書館(Stephen A. Schwarzman Building)の児童書閲覧室で臨時利用証を作り(無料)、その身分を利用して2階の閲覧室で係員に紹介状(METRO Card)を書いてもらう。②コロンビア大学バトラー図書館(Butler Library、大学のメイン図書館)で各図書館専用の臨時閲覧証を発行してもらう。③各図書館に入館する。なお、ニューヨーク公共図書館の臨時利用証の有効期限は非常に短いが(筆者の場合は1週間程度)、そのアカウントを利用して、同館が契約しているオンライン・データベースを館外利用することができる。
資料の閲覧:
書庫に入って、資料を自由に閲覧することができる。
資料のスキャン・撮影:
スキャナは配備されていなかったように記憶している。写真撮影は自由に行うことができた。
オンライン・データベースの利用:
臨時閲覧証では学内のオンライン・データベースに入ることができない。Wi-Fiにはゲストとして接続できる。

⑤ロックフェラー・アーカイヴ・センター(Rockefeller Archive Center)

ロックフェラー・アーカイヴ・センター
所蔵する中国関係資料:
ロックフェラー財団が深く関わった美国中華医学基金会(China Medical Board)や北京協和医科学院(Peking Union Medical College)、そして郷村建設運動などに関する文書資料などが保存されている。
場所:
15 Dayton Avenue, Sleepy Hollow, New York 10591(ニューヨーク・マンハッタンのグランド・セントラル駅からメトロ・ノース・ハドソン・ラインで一時間ほど行ったタリータウン駅(Tarrytown)で下車。そこからタクシーで約10分。事前にアーカイヴ・センターに送迎のお願いをしておくと、バンが迎えに来てくれる。ただし、送迎時間は朝と夕のみなので、タクシーを使わないかぎり、朝から晩までアーカイヴ・センターにいなければならないことになる)。
利用方法:
事前にアーカイヴ・センターのウェブサイ ト*9で会員登録をし、それとは別に館内資料検索サイト(DIMES)*10で閲覧資料の予約をする。そしてセンターにメールを出し、アポイントメントを申請する。すると先方から返信が来るので、センターを訪問する日時や送迎の希望などを伝える。当日は閲覧室に入る前にアーキヴィストから資料の扱いについて簡単なレクチャーを受ける。
資料の閲覧:
2階の閲覧室を利用する。10名ほどしか利用できない狭い部屋である。部屋に入ってしばらくすると申請した資料をアーキヴィストが運んできてくれる。疲れたら1階のダイニングで一休みできる。そこにはコーヒーやクッキーがあらかじめ用意されている。また、場合によっては昼食会形式のランチが振る舞われることもある。ただ、基本的に昼食を持参することを強く勧める。付近に昼食を購入できるお店がないからである。
資料のスキャン・撮影:
スキャナは設置されていない。デジタルカメラでの写真撮影は自由に行うことができる。
オンライン・データベースの利用:
センターで契約しているデータベースはないようである。ただ、センターが所蔵する資料の一部はデジタル化されてDIMESで公開されている。館内では無料でWi-Fiを利用できる。

これらのほかにミネソタ大学カウツ・ファミリー・YMCAアーカイヴズ(Kautz Family YMCA Archives)も訪問したが、そちらについてはすでに別稿*11で紹介しているので、ここでは省略する。

3.中国史研究に有用な英語圏のオンライン・データベース

一部の大学図書館では、臨時閲覧証の利用者でも、大学が契約するオンライン・データベースにログインできると上で述べた。ここではそうしたデータベースのうち、近代中国史を研究する際に有用と思われるものをいくつか紹介する。そのほとんどが導入に多額の費用を要する有料データベースだが、筆者が滞在したアルバータ大学をはじめ、中国研究が盛んな大学の多くで基本的なインフラとして活用されているようである。日本、中国、台湾、香港の大学のなかにもそれらの供用を始めているところがあるが、その数は現時点で多くない。他方で、オープン利用が可能なデジタル・ライブラリーやデジタル・アーカイヴズも充実してきており、それらを横断検索できるサイトなども登場してきている。

①China: Trade, Politics and Culture 1793-1980(http://www.amdigital.co.uk/m-products/product/china-trade-politics-and-culture-1793-1980/

有料データベース。ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院図書館や大英図書館をはじめ、ケンブリッジ大学、デューク大学、イエール大学神学校などの図書館、チャーチ・ミッショナリー・ソサイエティーなどの文書館が所有する中国関係の欧文書籍・雑誌・文書など約1,000種のデータが収録されており、それらの全文一致検索ができる。雑誌記事などを収集する際に便利である。

②China: Culture and Society(http://www.chinacultureandsociety.amdigital.co.uk/

有料データベース。コーネル大学図書館に所蔵されている東アジア関係のパンフレット資料であるCharles W. Wason Collectionをデジタル化したもの。言語や文学、娯楽、纏足、アヘン、哲学、宗教、国際関係など様々なトピックに関する資料が含まれている。

③China, America and the Pacific(http://www.amdigital.co.uk/m-products/product/china-america-and-the-pacific/

有料データベース。18世紀から20世紀にかけて中国・アメリカ・太平洋地域のあいだで交わされた文化・経済活動に関する資料を収めている。アメリカの大学図書館に所蔵されている欧文資料が主となる。

④Nineteenth Century Collections Online(http://www.gale.com/primary-sources/nineteenth-century-collections-online/

有料データベース。19世紀(一部20世紀初頭も含む)に刊行された欧文書籍や雑誌、パンフレットなどのデータを検索できる。中国関係の資料も豊富にある。一部の資料に関しては英語版のほかに中国語版も収録されている。例えば中国YMCAの機関誌であるChina’s Young Menに関してはその中国語版『青年』も収めている。

⑤Yale University Library, Divinity Library, Digital Collections(http://web.library.yale.edu/divinity/digital-collections

無料のデジタル・アーカイヴズ。イエール大学神学図書館所蔵の宣教師関係資料の一部をデジタル化して公開している。中国に関しては各ミッションの年次報告や、ミッション学校などを映した写真が豊富に掲載されている。

⑥Hathitrust Digital Library(https://www.hathitrust.org/

2008年にカリフォルニア大学などが中心になって設立した電子図書館。Google BooksやInternet Archiveなどによってデータ化されたものをはじめ、大量の書籍データを閲覧できる。ログインしない状態でも一部の書籍をダウンロードすることができるが、その真価はログインすることでこそ発揮される。上述したように、米国議会図書館で閲覧証を作ると、そのIDでHathitrustに入ることができる。その際は、トップページ右上の「Log in」をクリック→「Choose your partner institution」から「Library of Congress」を選択し「Continue」をクリック→必要情報を入力すると認証手続き完了となる。

⑦Digital Public Library of America(https://dp.la/

Internet ArchiveやHathitrust(一部)を含む、アメリカの各所蔵機関のデジタル・ライブラリーやデジタル・アーカイヴズを横断検索できるサイトで、2013年に誕生した。もちろん遺漏もあるが、新たな発見も多い。

4.北米に保存されている皮影戯関係資料について

最後に、北米に保存されている皮影戯関係資料のうち注目すべきものを二つ紹介する。

①ハーバード大学イエンチン図書館所蔵「皮影戯劇本118種」

清末民国期に北京で上演されていたと思われる皮影戯の劇本コレクション(24冊)。これまで英語圏以外ではその存在があまり知られていなかったように思われる。陳凡平氏(ニューヨーク州立大学オルバニー校)の著書によると、Else M. Fang(詳細不明)によって1930年代に北京で入手されたものだという。また、Fangはリタイアした芸人が持っていたコレクション(5つの劇団によって上演された118の劇目について筆記された24冊の資料)を購入したようで、それらはその他の資料(数冊のノートと、18種の劇本の写し)とともにのちにハーバード大学イエンチン図書館によって獲得されたとのことである*12。各冊の内容は以下の通りである。

  • v.1.收威, 洛園, 失釵, 雙鎖山, 殺四門, 放腳, 探窰, 天仙送子(以上錫慶班)
  • v.2.竹林計, 五雷轄, 闖山, 小姑賢, 殺四門
  • v.3.打灶, 高老莊, 放腳(以上裕慶班)
  • v.4.罵閻, 雙冠, 金山寺, 獻瑞, 慶夀, 送子, 賜福
  • v.5.借傘, 火熖山, 芭蕉扇, 棋盤會, 闖山, 聽琴, 倒庭門(以上錫慶班)
  • v.6.抱妝盒, 走鼓氈綿, 寫狀, 打灶王, 要嫁妝, 罵閻(以上永順和)
  • v.7.雄黃陣, 偷蘿蔔, 偷蔓菁, 盗靈芝草, 送傘, 遊西湖
  • v.8.送子, 夜宿花亭, 姐妹爭夫, 小姑賢, 斬竇娥, 碰城(以上喜慶班)
  • v.9.拋彩球, 打金枝, 七子八婿, 探病, 趕妓, 借衣, 合鉢(缺), 兩怕, 祭塔
  • v.10.無底洞, 盗靈芝, 馬鞍山, 謀館
  • v.11.顯魂, 百草山, 爬柳樹, 殺四門(以上永順和記)
  • v.12.當皮箱, 殺嫂, 送米, 打口袋
  • v.13.開謗, 官誥, 扒柳樹, 無底洞
  • v.14.大封官, 胡廷亭搬兵(六月雪後部)
  • v.15.收周德威, 打虎, 打瓜精
  • v.16.拋藍, 打圍, 搬母, 審桑氏, 祭石人
  • v.17.五雷霞, 回違, 抱妝盒, 壹匹布
  • v.18.報喜, 洞房, 雪梅教子, 三娘教子, 小龍門, 百草山, 跳神
  • v.19.長坂坡
  • v.20.盜靈芝, 雄黃陣, 寫狀, 打灶, 掃雪
  • v.21.別窰, 稍書, 借䯼髻
  • v.22.先生推磨, 母女頂嘴, 小罵城, 搧墳, 三疑, 三怕
  • v.23.借䯼髻(坐樓), 拷玉, 小上墳, 打棗, 棋盤會, 闖山(以上吉順班)
  • v.24.雙鎖山

②インディアナ大学伝統音楽アーカイヴズ(Archives of Traditional Music)所蔵ラウファー・コレクション

20世紀初頭に人類学者のベルトルト・ラウファー(Berthold Laufer)によって中国で収集された資料の多くが現在ニューヨークのアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)に所蔵されていることは、以前からよく知られている。コレクションには皮影戯の人形なども多く含まれており、これまでも注目されてきた。ただ、彼が上海と北京で採録した音声資料が、インディアナ大学伝統音楽アーカイヴズに保存されていることはあまり知られていなかったのではなかろうか(ただし、所蔵権はアメリカ自然史博物館のままである可能性が高い)。China, Shanghai and Peking, 1901-1902というタイトルが付けられたその音声資料群には、皮影戯関係の録音もいくつか散見される。インディアナ大学伝統音楽アーカイヴズにコンタクトを取ったところ、二種類の資料目録(同アーカイヴズで作成されたものとアメリカ自然史博物館で作成されたもの)を送って下さった。それらの目録に掲載された音声資料のうち皮影戯に関するものと思われるのは以下の四点である。

  • *133~137 Shadow Play 金山寺 (北京)
  • 161~170 Drama夜宿花亭(Shadow Play) (上海)
  • *171~178 Drama大補缸 Shadow Play (上海)
  • 228~255 Shadow Play (北京)

*:アメリカ自然史博物館の目録のみに記載があるもの

これらは現存する皮影戯関係の音声資料としてはおそらく最も古いものであり、極めて貴重であると考える。

おわりに

以上、筆者が北米での資料調査で得た知識の一端を紹介した。もちろん、ここで取り上げたもの以外にも近代中国史関係の資料を所蔵する施設は北米各地に多数存在する。個々の研究者が自らの関心に基づいて資料を探索するなかで、これまで日本や中国であまり知られていなかった資料を発見することがあるかもしれない。その過程で本稿が何らかの役に立てれば望外の喜びである。ただし、情勢は刻々と変化する。そのため、本稿で取り上げた各所蔵機関を訪問する際は、各館のウェブサイトもあわせて確認されることを強く勧める。

*本稿は日本学術振興会科学研究費補助金「近現代中華圏の伝統芸能と地域社会~台湾の皮影戯・京劇・説唱を中心に」(平成27~30年度、基盤研究(B)、課題番号:15H03195、研究代表者:氷上正)による成果の一部である。


*1 代表的な著作に以下がある。Ryan Dunch, Fuzhou Protestants and the Making of a Modern China, 1857-1927, Yale University Press, 2001.
*2 ③についてはロンドンでの調査で比較的大きな成果があった。詳しくは以下を参照のこと。拙稿「戦前期北米の東アジア茶専門貿易業者の経営状況―ロンドン市文書館所蔵アーウィン商会関係資料について―」『アジア研究』(静岡大学人文社会科学部アジア研究センター)第12号、2017年3月刊行予定。
*3 本書のように、中国キリスト教史関係の工具書には、宗教史以外の研究者にも役に立つものが多い。詳しくは以下を参照のこと。倉田明子・魏郁欣「中国キリスト教史基礎文献・所蔵機関案内」『歴史評論』765号、2014年。
*4 以下のサイトにも詳しいので参照のこと。「米国議会図書館の入館手続きと閲覧」(「アーカイヴ情報あれこれ」九州大学附属図書館ウェブサイト内にある三輪宗弘氏のブログ、http://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/content.php?pid=419486&sid=3429252
*5 イエンチン図書館については、以下も参照のこと。「ハーバード大学 ハーバード・イェンチン図書館―第1期―」(「在外日本古典籍研究会ウェブサイト」http://www.jlgweb.org.uk/ojamasg/details/harvard2.html)。
*6 https://aeon.hul.harvard.edu
*7 Austin O. Long Papers, 1918-1929, Record Group No. 146.
*8 http://guides.library.yale.edu/specialcollections/speccoll-register
*9 https://raccess.rockarch.org
*10 http://dimes.rockarch.org/xtf/search
*11 拙稿「YMCAアーカイヴズ(ミネソタ大学)所蔵中国YMCA関係史料について」『史学』第84巻第1・2・3・4号、2015年。
*12 Fan Pen Li Chen, Chinese Shadow Theatre: History, Popular Religion, and Women Warriors, McGill-Queen’s University Press, 2007, pp.229~230. なお、ハーバード大学イエンチン図書館の館長をつとめた呉文津の著述をまとめた『美国東亜図書館発展史及其他』(聯経出版、2016年)の173頁には、ハーバード大学教授の方志彤がこれらの劇本を購入したと書かれているが、方志彤の英語名はAchilles Chih-t'ung Fangである。それ以外にElse M. Fangという英語名があったかについては現時点でよく分からない。

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